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太鼓集団 天邪鬼が20周年 記念コンサートを開催、満員御礼。
練馬を拠点に世界中に活躍の場を広げている「太鼓集団 天邪鬼」。2006年12月19日、練馬文化センターつつじホールで行われた20周年記念コンサート「魂の響」を聴きました。
会場は満員御礼。観客席を眺めると外国人の方があちらこちらに、そして男性も女性も、子どもから大人まで…なんとも幅広い客層です。 幕が開き、静まる会場。天邪鬼の渡辺代表による大太鼓が静かにゆっくりと静寂を破っていく。一つの太鼓からいろんな表情の音が出せるんだな、なんて思っていたのも束の間、心を鷲掴みにされたかのように、ぐぐっと引き込まれていき、感動が体内に留まっていられず涙になって出てくる。天邪鬼の太鼓演奏をどんな風に表現しようとも言葉が負けるというか、浮いてしまう。そんなコンサートを体感できたことに喜びを感じます。
太鼓と出会った渡辺代表 練習で補導もされた少年時代
後日、天邪鬼の高野台の事務所で渡辺代表と小川さん、川名さんに話を伺いました。舞台での神聖化した表情とはうって変わって穏やか。どんな風に太鼓と出逢い、プロとなられたのでしょうか?
渡辺代表は「私は浅草育ちでね、お祭りやちんどん屋に馴染んでて。10才の時に高野台に引っ越してきて田畑ばかりで静かな所だなと思ったけど、盆踊りは賑やかだった。やぐらを組む鳶のおじさんに太鼓を叩かせてもらったら、なんとも響きが良くてねー、虜になっちゃった」 ここから渡辺代表の一心不乱な太鼓人生が始まったのです。 中学時代のエピソード。夜の石神井公園へ1人で出かけ、月明かりで池の水面に身体を写して、バチ替わりに棒切れ振り回し「いよ〜っ!」と何万回も大声をあげて練習していたら…補導されたこともあるそうです。 「おやじが警察に“うちの倅は太鼓をやってんだ!”って堂々と迎えにきてくれましたね(笑)」。 渡辺代表にとって石神井公園は、子どものころ毎日のように遊んだ思い出深い場所だそうです。
ミーハー気分だった女子高生2人、 天邪鬼を旗揚げする
小川さん、川名さんはお受験でエスカレータ式のお嬢様学校へ。中学生の頃から仲が良かった2人は、高校生の文化祭で太鼓をやろうと、当時渡辺代表が所属していた助六太鼓に習いに行ったことが運命の出会い! ミーハーなノリで習いに行った彼女たちに、優しく教えてくれる先生ばかりでしたが、渡辺代表だけはすごいスパルタ。だからこそ太鼓の素晴らしさに目覚めてしまったようです。
「卒業する頃には太鼓と渡辺先生しか見えませんでしたね」。マメがつぶれ、血がにじみ、タコができ…何度も繰り返される練習。「何があろうと太鼓をやめたいなんて思ったことは一度もありません」。きっぱり歯切れの良い言葉が飛び交う。小川さん、川名さんと共に「太鼓集団 天邪鬼」を発足させたのは渡辺代表が27才の時でした。
練馬を拠点に世界40数か国で公演 全精力を使い切るので、 アンコールはできない
「私は人が好きでね、真剣にぶつかってくる人には真剣に応えていきます」と渡辺代表。文化庁から初の文化交流使の任命を受けてブラジル、オーストラリア、アメリカ、ヨーロッパなどで、公演ばかりでなく和太鼓を広める活動もされています。
「言葉は通じないけど、太鼓を真剣に何日も教えていると、帰る日には生徒たちと一緒に泣いてしまうんだよね。最近、涙腺が弱くなってきたかな」 照れた笑顔に渡辺代表の情に厚い人間味が伺えました。
公演では全員が持てる力のすべてを出し切ってしまいます。舞台上で最後の挨拶も息をするのがやっと、とてもアンコールに応える余力は残っていないそうです。それでも、幕が降りても鳴りやまない拍手は会場にいつまでも響きます。
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