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プロフィール
三迫仁志さん
みさこ ひとし 1934年、愛媛県生まれ。高校2年生でボクシングを始め、日本一を目指して上京。明治大学に通いつつ練習を重ね、20歳になる直前、第14代日本フライ級チャンピオンに。その後、第2・4代OBF東洋フライ級チャンピオンに輝く。世界フライ級4位まで昇るが、世界タイトル挑戦のチャンスに恵まれず、1958年引退。1960年、江東区でボクシングジムを開き、飯田橋、板橋区大山を経て、1990年に北町に移転。輪島功一、三原正、友利正などの世界チャンピオンを育成する。フジテレビとタイアップし、世界タイトルマッチ開催に協力するなど、プロモーターとしても活躍。輪島選手の現役時代、ボクシングのTV中継は大人気で、視聴率48%超を獲得し、社長賞に輝いたこともある。日本プロボクシング協会会長、財団法人日本プロスポーツ協会監事を歴任。1993年、文部大臣スポーツ功労者賞を受賞。2014年、息子の貴志さんに会長職を譲る。練馬で好きな場所は城北中央公園。「ジムからロードワークしに行くのに最適」とのこと。

三迫ボクシングジム

ねりま人 バックナンバー

チャンピオンになれるのは
運動神経より、努力できる子


 東武練馬駅から数分、ガラス張りのオシャレな建物から、威勢のいい掛け声が聞こえてきます。中に入ると、熱気にあふれた練習風景が広がります。あの輪島功一さんをはじめ、数々の歴代チャンピオンを輩出した、日本有数のボクシングジムです。

 御年81歳の三迫初代会長は、東洋チャンピオンの座に2度輝き、指導者やプロモーターとしても長く活躍されています。かくしゃくとした様子で、激動の人生を振り返ってくれました。

「ボクシングを始めたのは、終戦直後。GHQの政策で剣道や柔道など武道が禁止されていた頃。愛媛の地元に立派な道場があって、上海から引き揚げてきた野口先生が、そこでボクシングを教え始めた。娯楽なんて何もない時代だから、50〜60人も集まった」

「僕は体の大きな兄ちゃんたちを、一発でKOできるのが楽しくてね(笑)。『なんじゃいコラ?』と威嚇でアゴを出してくるところを、小柄な体をさらに低くして、狙いを定めてガーン!とやると、バターンと倒れた」

 戦後5年、東京に戻った野口先生が目黒でジムを開くも、食べるのがやっとの時代だから練習生が集まらず、愛媛の三迫さんに誘いのハガキを送ってきたそうです。「日本一にしてやるから、東京に来ないか」と。

 ボクシングよりも「東京に行ける」という好奇心で、1950年に一路東京へ! 授業を抜け出し、同級生が大勢見送りに来てくれました。1952年でチャンピオンになるまで、大学に通いつつ、朝5時に起きて目黒〜五反田〜品川〜大崎までをロードワークで往復する日々でした。

「どこに水道があるか、全部覚えてたよ。僕の時代は水さえ飲んじゃいけなかったから、ウガイだけするの。でも、ちょっと喉に入るまで、ウガイしちゃうんだよね(笑)」

 と、当時の苦労を朗らかに語る三迫さん。「日本一になりたい」というより、「絶対ならなきゃいかん」と必死だったそうです。

「今の選手を見て思うのは、運動神経がいい子に限って努力しないこと。でもアマチュアと違って、プロは12ラウンドもある。後半でものを言うのは運動量。だから、ぶきっちょでも真面目で努力する子が、チャンピオンになれるんだよ」



倒すか倒されるかのスリルこそ
ボクシングの面白さだ


「現役時代で一番うれしかったのは、やっぱりチャンピオンになったこと」と噛みしめる三迫さんは、引退後、指導者に転身します。

「選手がだんだん育ち、昇っていくのを見るのは、本当に楽しいよ!」

 と顔を輝かせます。育てあげたなかで一番印象に残っているのは、「やっぱり輪島」と即答。もともと輪島さんは、ジムの隣の建設会社で働いていた土木作業員でした。東京オリンピックの金メダリスト・桜井孝雄選手見たさにジムの前に黒山の人だかりができ、そのなかの一人だったそう。ボクサーを志願して入会してきたのは、普通なら引退を考える25歳のときでした。

「建設現場で、足腰が相当鍛えられていたのが良かった。新人戦に出たいというから出したら勝ちあがって、あっという間に東洋では敵なし、そして世界チャンピオンに…。羽田に迎えに行ったとき、『ありがとうございました!』って言われたのが、いい思い出だね」

 輪島さんが負けても、チャンピオンの座を2回取り戻したように、ハングリー精神こそがボクシングの面白さだといいます。

「上手下手じゃない、倒すか倒されるかの勝負。やられたらやり返す反骨精神。お客さんは、そのスリルを楽しんでいるからね。僕も試合前は恐かった。それに打ち勝つには、練習と作戦、そして『絶対勝ってやる!!』という気合いだけ」

 三迫ジムに入ると、どの選手からも気持ちよく挨拶があり、ボクシングのこわそうなイメージが吹き飛びます。

「選手時代の先生から『ボクシングも、日本でやるなら武道』という教えを継ぎ、『礼に始まり、礼に終わる』を徹底させています」

 60年以上という長きにわたってボクシングに携わってきた理由を聞くと、「好きだからね!」と満面の笑顔。ボクシングの純粋な楽しさが、その笑みに表れていました。

(2015年8月3日)

各タイトルの王者を筆頭に
約30人の選手が在籍する
三迫ジム


実践を交えてのアドバイス。
選手を見つめる目に
優しさと厳しさが宿ります


野口道場にて
ファイティングポーズ(*)


フライ級タイトルマッチ
三迫さん(左)VSスピーデー章
(*)


初のチャンピオン獲得、
喜びの一瞬(*)
(*)…写真提供:三迫さん


2010年に新装したジム。
スタイリッシュなデザインで
グッドデザイン賞を受賞!


キッズコースや、
女性向けのボクササイズなど、
一般の方も通っています


力道山さんとも、
親しかった三迫さん。
「君より強い人はいない。
世界チャンピオンになってくれ」
と勇気づけられたそうです

三迫さんが今イチオシする
小原佳太選手。
現東洋太平洋スーパーライト級
チャンピオンです!